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2004.11.01

一升瓶背中に十本

瀬戸内 間もなく病気になりました。父はとてもお酒が好きな人でね。神仏具をつくる職人で、私が子供のときには、背中に一升瓶を十本並べておかないと、機嫌が悪かった。一本減ったら、また一本置いて、必ず十本、背中に並べていたんですよ(笑)。それぐらいお酒の好きだった人だから、お酒のない戦争中は困って、自分でどぶろくをつくって、飲んでいたんです。

瀬戸内 ある朝、そのどぶろくを飲んだ途端、脳溢血で倒れたんですよ。ゴオゴオといびきをかいているから、枕元に座っている人はみんな、もう死ぬかと思ってたの。ところが、父は目を覚まして「どうせ死ぬなら、もう一杯飲ませてくれ」って(笑)。そういう人なんですよね。
美輪 脳溢血で倒れて間もなく、父は老人結核になったんですね。といっても、まだ若かったけれど、あのころ、結核は治らなかったでしょう。しかも二つの病気の養生が反対なんです。結核は栄養を取らなきゃいけないし、脳溢血のほうはそれはいけないと。だから、とても治りにくかったんです。ストマイを二十本かなんか一生懸命飲ませて、ようやく元気になったときに、私が夫の家を出奔して、心配をかけたんですね。
 私が見舞いに行ったときも、「おまえはけしからん」と言いましたよ。「おまえは、子供を捨てて家を出て、人でなしになったんだ。鬼になった以上は、子供が可愛いとか、義理人情に惑わされて、おめおめ家へ帰るなんてことは絶対にするな。鬼になったんだから、せめて大鬼になってくれ」と言われました。
美輪 とても味のあるお父さまよね。
瀬戸内 おかしい人でしょう。その父親が療養しているところに、私は手紙を出したんですよ。ちょうど、三島さんにファンレターを出しているころで、ひまだったんですね。そろそろ上京しなきゃと思って、手紙を出していたんです。だから、お父さんにも手紙を書こうと。
 書いているとだんだんおもしろくなって、「お父さん、いよいよ私は上京しなければいけません。上京して、偉い作家の弟子にならなければいけない。偉い作家ほど、お金が高くつく。それで、お金を送ってください。お父さんが死んで、くれる遺産があるなら、今、ください」と書いたの。私は、それはおもしろがって、ふざけて書いたつもりなんですよ。
 でも、向こうは、それを真に受けてしまって、「これは寝てなんかいられない。ばか娘のために、もう一回働かなければいけない」と思ったみたいね。たまたま、療養している別宅に、金毘羅灸というのが巡業に来ているというチラシが入っているのを見たらしいんです。で、家族にも言わないで、自転車に乗って、その金毘羅灸をすえに町外れの旅館に行ったの。頭のてっぺんに大きな灸を据えられた瞬間、倒れて、そのまま死んでしまった。ほとんど即死みたいなもんだったらしい。 
 だから、私が危篤を知らされて帰ったときは、もう死んでいたんです。口が、は・る・みと言ったって、みんな言って、私を白い目をして睨むの。姉は私の手を握って、「お父さんは、あんたが殺したのよ」って泣きましたね。私は、まあ、そうかなと思ってね・・・・・・。父は私の小説の活字になったものを一字を見てないんですよ。町の噂になった不肖の娘を世間に恥じて、肩身の狭いままにしんでいったんです。
美輪 そうですか。そんな深い思いのドラマがおありだったんですねえ。
瀬戸内 今、聞けばおかしいけれどもね。でも、それが私の原罪ですね。それと子供を捨てたこと。子供とは、今、私、つきあっていますが、やっぱりつきあわないほうがよかったかなと思っているんですけどね。

瀬戸内寂聴×美輪明宏『ぴんぽんぱん ふたり話』集英社2003年

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