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2004.11.08

衝撃の後、Gはいきなり襲ってきた

戦闘機乗りはベテランであればあるほどじっさいの年齢より老けた顔をしている。二十代のパイロットは、逆に同年代のサラリーマンなどより表情にまだ世間の荒波にもまれていない、幼さ、純な部分を残しているが、キャリア六、七年を数えたあたりから一気に老けこむのである。ニ〇三飛行隊の隊長は、いかにも歴戦の勇士という面構えで、逞しく日焼けした額に幾筋も深く皺が刻みこまれている。はじめて会ったとき、そのどことなく老成した感じから、僕より四つか五つ上の四十代後半かな、と思っていたが、じっさいは一つ歳下だった。連日の訓練でGに顔の筋肉を痛めつけられ、額や頬の肉を押し下げられることを十数年も繰り返していくうちに、年齢を越えた皺を重ねていったのかもしれない。

 竹路三佐の声がした。
「これからGをかけていきます。大体、4Gから最大5Gくらいになりますが、どんな具合になるか、みていて下さい」
 そのぅ・・・・・・と、僕はおずおずと声をかけながら、何も心配で聞いているわけではないというように、さりげない風を装って、たずねてみた。
「5Gというのは、訓練ではごく普通にかかるんですか」
 5Gがどの程度のGにあたるのか、それがわかっていれば、じっさいの訓練で自分の体がどんな状態になるか、ある程度見当がつくし、それなりの覚悟もしていられると考えたのである。瀬踏みである。知らないことほど、こわいものはない、と思ったのも束の間、いや、なまじ中途半端に知ってしまった方が、恐怖がつのってくるかもしれない。そうも思ってみる。情けない話、早くも腰が半分引けてしまっている感じなのだ。
「飛行機の動きにもよりますが、きょうのACMなら、5Gはふつうですね。たぶん、もうちょっと行くと思いますよ」
「もうちょっと、って、どのくらいですか」
「そう、6Gとか、6・5ぐらいかな」
 6Gと言うと、大雑把な言い方をすれば、僕の体の上に相撲の力士が二人のしかかってくるようなものだろう。しかもその圧倒的な力は、骨や筋肉を通り越して、体内の血管や内臓を締めつけにかかる。骨がきしみ、血管がはじける音が聞こえてきそうだ。
「準備はいいですか。首を痛めるかもしれませんから気をつけて下さい」
 竹路三佐の最後の注意に、僕はもう一度深く座り直し、ヘルメットのうしろをしっかり座席の背に押しつけると、酸素マスク姿の竹路三佐が小さく映るミラーに向かって、握った左手の親指を突き立ててみせた。

 ガクン、と衝撃があったその直後、Gはいきなり襲ってきた。僕は、有無を言わさぬ凶暴な力で、上から、そして前から押さえこまれ、締めつけられていた。いや、正確には押し下げられたと言うべきだろう。ヘルメットが鉛の塊に化したかのように重たく、しかもすさまじい勢いで頭の上にのしかかってくる。ただ重いというだけではない。重圧を伴っている。頭上からの力は頭にも及んで、目や頬の肉までプレスの機械にかけられたようにずんずん押し下げられていく。鏡を見たら、自分の顔がまるで老人の背中や尻のように皺が寄り、張りを失って、だらんと下がっていくのがわかったはずである。

杉山隆男『兵士を見よ』新潮社1998年

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