百年の後にはだれもこれらを尊敬しない
同時代が権勢ある優れたものとして崇めるものは、やがて死後には忘れられてしまう。同時代に馬鹿にされたりしないものの方が優れているのだ。
同時代の人から尊敬されるのは容易だ。
(一)皇族ニ生マレレバヨイ
(二)華族ニ生マレレバヨイ
(三)金持ニ生マレレバヨイ
(四)権勢家ニ生マレレバヨイ
だが百年の後にはだれもこれらを尊敬しない。
ほんとうに偉い人は「子供ニモ車夫ニモ否自己ノ妻子ニモ馬鹿ニサレルルガアル」。
これを己の真の価値を認めてくれないと怒っても、不幸になるばかりだから、どうせ世間は相手にならないとおもっておけばよい。またじぶんはほんとに偉いものだと際立たせても、かえって耳をかさないし軽蔑されるだけだ。だまって済ましているうちに、じぶんと同程度のようにおもわれた連中はぽつりぽつりと消えてしまう。ほんとに偉い人はそこがわかっているから、失望したり、不平を言ったり、苦しんだりする必要はない。「車屋カラ馬鹿ニサレテモ、子供カラ馬鹿ニサレテモ、妻子カラ馬鹿ニサレテモ」、平気でいるのがよい。(「断片」明治三十九年より)
吉本隆明『漱石の巨きな旅』NHK出版2004年
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