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2004.10.11

日本人には大馬鹿がエライ

△今日は、『道』とする所を伺いたいものです。

 主義だの、道だのといって、ただこればかりだと、極めることは、私は極く嫌いです。道といっても大道もあり、小道もあり、上に上があります。その一つを取って、他を排斥するということは、不断から決してしません。人が来て、色々八釜しく言いますと、『そういうこともあろうかナ』と言って置いて、争わない。そしたあとでよくよく考えて、色々に比較して見ると、上に上があると思って、真に愉快です。研究というものは、死んで初めて止むもので、それまでは、苦学です。一日でも止めるということはありません。
 マア、私などは、ズルイ奴というのでしょうよ。しかし、ソウ急いでも仕方がない。寝ころんで待つのが第一だと思ってます。西洋人の気長いのには、実に感心です。伊藤サンの外交のように、成功か、不成功がじきに分るのは、あまり感心しない。李鴻章の今度の処置などは、巧なのか、馬鹿なのか、少しもその結果の分らないのには、大いに驚いています。大馬鹿でなければ、大変、上手なのでしょう。これまでの長い経験では、たいてい、日本人の目に大馬鹿と見えるのがエライようです。
 西郷ナドも、本当に考えを言って、相手にする人が少なくて、真にさびしかったようです。私などでも、奸物だと言われて、しばしば殺されかけた。山岡〔鉄舟〕や、〔大久保〕一翁位には、後には少し分ったようです。二人とも、熱する方で、切迫するものだから、早く死んでしまった。私だけは、ズルイものだから、こう長生きしてるよ。

△外からの慰めというものはナンデ御座いました。
〔江戸城明渡しの時〕家内だって、娘だって、みんな不幸サ。誰でも、私に賛成の人はなかった。しかし、この上に道があると思い出しては、いかにも面白かったよ。また、中途で殺されて、代わるものがあろうかということに屈託したこともあったが、ナニ、それは宜しい、ただ行うべきだけを行えば善い、自分で身を殺すようなことさえなければ宜しと、キメて安心してましたよ

『海舟座談』岩波文庫1983年

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