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2004.10.09

行きなさい、この国から離れなさい

母にとって最高の掟は個人の良心だった。母はよく言ったものだった。
「私は法律を重んじないのが主義ですよ」

 また、母は法律には役に立つものもあるが、そうでないのもある。だから善い悪いは自分で判断しなければならないとも言っていた。今日のスペインでは法律によって守られるのは少数者で、多数の庶民は法律の被害者である。こうした理解は母の心のうちから生まれた信念だった。母は常に原則に従って行動し、他人の意見に左右されることはなかった。己が正しいと確信することを行ったのである。
 弟のエンリケが十九歳になったとき、当時の法律によってスペイン陸軍から召集令状をもらった。弟は母のところに来た。私はちょうど居合わせたので、あのときの光景が記憶にはっきり残っている。
「エンリケ、お前は誰も殺すことはありません。誰もお前を殺してはならないのです。人は、殺したり、殺されたりするために生まれたのではありません・・・・・・。行きなさい、この国から離れなさい」
 それで弟はスペインを逃げ出して、アルゼンチンに渡った。エンリケは末っ子だったから母は特別に可愛がっていた。だが十一年間、母は弟と会わなかった。弟は徴兵令を破った者への恩赦が行われてから帰国した。私は思うのだ。世界中の母親たちが息子たちに向かって、「お前は戦争で人を殺したり、人から殺されたりするために生まれたのではないのです。戦争はやめなさい」と言うなら、世界から戦争はなくなる、と。
 母が弟に祖国から去るように言ったとき、それは彼女にとって息子の生命を救うという問題だけではなかった。正しいことは行うという原則があったからだ。別の機会にもこのことは証明された。私たちの地区にコレラが流行し、悲惨を極めた。たった今、ある人が普通に歩きながら話をしていたかと思うと、その人が一時間後には疫病にかかって倒れるという始末だった。この地区だけでも数千人という死者がでた。ベンドレルでも多数の死者がでた。医者もほとんど全滅だった。当時、私の家族はサンサルバドルに住んでいた。十八歳くらいだった弟のルイスは毎晩ベンドレルに出かけていった。コレラで死んだ人の家に行って死体を夜中に共同墓地に運んでいたのだ。ルイスは「誰かがやらなければならない」と言っていた。伝染の危険は非常に大きかった。母はもちろん、ルイスが毎日命懸けでやっていることを知っていた。母は、息子がせねばならなぬと思っていることを思い止らせるようなことはひとことも、ただのひとことも言わなかった。母にはあいまいな態度はなかった。母は常に率直だった。大事にも小事にも。

アルバート・E・カーン編『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』朝日選書1991年

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