バートランド・ラッセル卿曰く
立花 二十世紀に出版された本の点数は、天文学的な数字になる。もちろん大部分は高速印刷ができるようになった最近のものに違いないけれども、それにしてもメチャクチャおおいでしょう。
井上 前世紀までとは比べものにならない。日本ではいま、本が一年に五万点も出ていますから情報の整理がつかない。
イギリスの哲学者バートランド・ラッセルに傾聴する意見があって、子どもにギリシャやローマの古典を勉強させるのは時間の浪費だというんですね。ああいうものは、才能ある人がうまくダイジェストをつくればよい。そうでないと、子どもたちは世の中がわからないうちに死んでしまうだろう。いま、イギリスに必要なのは古典の、よくできたダイジェスト本だというのです。なるほどと思いました。一年で五万点の本のダイジェストも必要でしょうね。
立花 ラッセルがそう言った時期、二十世紀の初めの頃まで、ヨーロッパの教育は大学入学前に徹底的にたたき込んだギリシャ、ラテンの古典が教養の基礎でしたからね。あまりにもそこに時間をかけ過ぎた。それがイギリスの足を引っ張りすぎたようなことがあったでしょうね。
井上 小説にはダイジェストという形はそぐわないという意見もあるでしょうし、じつにもっともですが、たとえば藤村の『夜明け前』を全部読む必要があるのだろうか。
もちろん小説はどんどん読んでほしいんですが、でも、よくできたダイジェスト版は、かならず作れるはずです。すぐれた書き手がやれば、要約や紹介の文章さえも面白くなる。それに原文の引用の達人がいれば、できる。この間、『夜明け前』を読んで、ここはいらないと思った個所がいくつもありました。
立花 『夜明け前』は実は読みだしたけど、途中で投げ出しちゃいました。そのあと映画で見たんですが、あれは傑作でしたね。
井上 同感です。
立花 滝沢修の青山半蔵の発狂の場面がすごい演技だった。しかも監督(吉村公三郎)がいいから、時代考証なんかもちゃんと作ってあった。だから『夜明け前』っていうとむしろ映画の記憶があるんです。あれを観て『夜明け前』の価値が分かった。日本の近代が成立する過渡期の社会が実によく描かれていた。
井上ひさし×立花隆「二十世紀図書館」『文藝春秋1998・9』
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