眠気、お尻の危機に勝つ
「僕はすっぽんぽんで、おじさんにマッサージをしてもらったことがある」といった。仕事で日本の反対側の国へ行き、ハードな毎日で、へとへとに疲れてしまった。何とか取材が終わるめどもつき、ここでリフレッシュしなければと、町を歩いていた。マッサージをしてくれるところはないかと聞くと、ある人が店を教えてくれた。
そこへ行き、
「マッサージ」というと、ひげをはやしたたくましい受付のおじさんが、彼の頭のてっぺんから、爪先までをじっと眺め、「うむ」とうなずいた。そして個室に案内されたのである。
彼はシャワーを浴び、個室の台の上にパンツ一枚になって、うつぶせになっていた。取材中の疲れがどっと押し寄せてきて、ひきずりこまれるような眠気が襲ってきていた。しばらくするとドアが開いて、誰かが入ってきた。ふりかえるとやってきたのは、さっきの受付のおじさんであった。手にはビンとタオルを持っている。
「あのおじさんがマッサージするのか」と思いながらうつぶせになっていると、おじさんはビンからオイルをたらし、彼の肩から背中に塗りはじめた。
「うー」とうなりながらされるがままになっていると、今度は太股から下にもオイルをたらして塗りはじめた。すでに彼のほうは眠気が徐々に襲ってきて、夢うつつの気持ちがいい状態になっていた。
「ああ、気持ちがいいなあ」と思っていた瞬間、とんでもないことが起きた。おじさんがそーっと彼のパンツを脱がしはじめたのである。彼がびっくりしていると、おじさんは何食わぬ顔をして、オイルをお尻にたらし、ていねいに塗っている。
(もしかして、これは、とってもやばいのでは・・・・・・)
と思っていても、あまりに眠くて体を動かすことはできない。いったいどういうことになるんだろうかと必死に首を後に向けて見ていたら、何とおじさんも自分のパンツを脱ぎ、体の上にのしかかってきたではないか。こりゃだめだと、お尻の危機を察知した彼ではあったが、あまりの眠たさに体を起こすことができず、
「もう、何をされてもいいや」
とあきらめて、またうつぶせになってしまったというのであった。
彼のお尻は無事だった。そこではマッサージはすっぽんぽんでやるもので、おじさんがパンツを脱いだのは、オイルで汚れるのを防ぐためだったのだ。
「お尻の危機よりも、あのときは眠気のほうが勝っていた」
そう彼はいうのだ。
群ようこ「ヒヨコの蝿叩き」『文藝春秋1998・9』
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