もう一人死ぬとわかる
その後、水俣病と同じ症状を示しながら、魚介類を食べていなかったがゆえに、脳性小児マヒと診断されていた子どもたちが、実は胎児性水俣病であったことが、やはり熊本大学の研究班によって証明されるのだが、そこにたどりつくまでに、被害者たちがどんな扱いを受けたかみると、行政の体質がまざまざとみえてくる。再び原田氏の『水俣病』(岩波新書)から―。
<三十六年三月二十一日についに一人の胎児性の患者が死亡した。当然その子は解剖されたのであるが、、その所見により、その死亡した子だけは水俣病であることがはっきりし、認定された。これで(胎児性水俣病の子どもたちの)全員が水俣病であることがはっきりし、認定された。これは水俣病であるとわかったが、ほかの子どもたちがみんなそうだということはまだわからないので、もう一人死ぬとわかる、と母親たちは役所から言われたのである。なんということだろう。その言葉とおり、その子どもたちも母親たちも、だれか死ぬのを待ったのである。>(括弧内は引用者)
「もう一人死ぬとわかる」と、気軽にいう役人。なんという悲惨。人は他者の不幸に対して、かくも心理的無感覚状態になれるのか。時はまさに池田内閣の所得倍増論のもとに、経済の高度成長街道を突っ走り出したところだった。
柳田邦男『人間の事実』文芸春秋1997年
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