日本の男達はお喋りになった
1980年代の初めについて、橋本治氏は言う(『中央公論』九三年九月号、「変貌を論ず」)。
「日本人は、あまり人とは会話しない。それが、平気で会話している。田舎の一族が、身内の噂話ではなく、ごく当たり前の"会話"をしているのが、私にはとても不思議で、気がつくとそれ以来、日本の男達はお喋りになっていた」
これに従えば、現代日本が言語の時代になったというのは、あんがい最近のことらしい。橋本氏の論考によれば、大正の「個」はすでに実現したことになる。われわれは「近代人の孤独」を知り、ゆえに泣き叫ばず、ただ孤独に耐えている。
「だから、日本人は話をする。[対話]が可能になった。人と話をする―それは、自分の中にある"自分"という抽象的なものと、他人の中にある"その人にとっての自分"というものとの一致を図ることだというのが、いつの間にか、日本人には理解されるようになってしまったからだ」
橋本氏は、そうした近代的個人の孤独を、吸い上げるシステムがまだ不在だという。不思議なことだが、橋本氏の書かれることは、奇妙な文脈で私の考えと一致するのである。「江戸に肉体はない」と喝破されたのは、橋本氏である。この文章も、たまたま書き続けるのに往生して、読んだだけのことである。
橋本氏の言うような近代が、いまや現出しているのだとすれば、その先のシステムの構築は、もはや私のような老人の出る幕ではないはずである。当然のことだが、自分の中の自分と、他人の中の自分の一致を図るシステムが、封建的制度だった、と私は述べたのである。ただしそこでは、他人の中の自分は、すべての人にできるだけ共通の理解として与えられた。それがたとえば階級的諸制度であり、そこではかならずしも当人の内容とは一致しない形で、他人の見る自己すなわち社会的自己が成立していた。制度が硬すぎたのは、当時のこととて、やむを得ない。ただもちろん、この制度の欠点は、実際の本人の内容と、社会的自己とが、非常に大きく乖離することだった。
養老孟司『毒にも薬にもなる話』中央公論社1997年
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