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2004.10.03

視力をなくしてから

梅棹 わたしが視力をなくして、外から光の刺戟が消えたとき、じつに不思議なイメージが見えました。漆黒の闇のなかに宇宙空間に浮遊している小惑星があらわれたのです。宇宙船のボイジャーが土星の輪に接近したときの映像のように、ごつごつとして巨大な岩のかたまりが、回転しながらせまってくるのです。つづいて金色の幾何学的なもよう、赤、黄、緑などの極彩色のコラージュが、あらわれては消えてゆきました。
川勝 なんと幻想的な・・・・・・。

梅棹 わたしはそのとき、リセプターとしての目の機能がなくなると脳のなかにある記憶から「映像の逆投射」がはじまるのだろうと思いました。小惑星のイメージは、それから何日かつづいて、忽然と消えました。しずかな暗闇の世界が訪れたのです。
川勝 お話をうかがっていると、なにか目を空けている人には見えない世界があるように感じます。地球のすみずみを歩かれてた記憶から想起されるイメージなのでしょうか。
梅棹 わたしにも、ようわからんものです。オリジナリティーのある学説が、ひらめきから生まれる現象と似ているかもしれません。ひらめきを体系化する方法がないのです。宇宙線のように、宇宙のどこかから、なにかが飛んできて、脳髄をつらぬいたときにひらめきがおこります。
川勝 きっと、外からくるんでしょうね。
梅棹 ひらめきだけではだめなんです。それをキャッチして培養していかなければ学説になりません。論理のいちばん最初にある着想が、ひらめきですね。地上に燦燦と降りそそいでいる宇宙線は、われわれの目には見えないもので、すぐに消えてしまいます。それを目に見えるようにしたのが「ウィルソンの霧箱」という装置です。箱のなかの霧を宇宙線が貫くと、すーっと光線がでます。それを写真にうつすことができるんです。

梅棹忠夫×川勝平太「文明の未来を語る 日本よ縦に飛べ!」『文藝春秋1998・8』

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