円谷幸吉
次のメキシコでこそ金メダルを!・・・と日本中が円谷に期待をよせた。しかし、そのメキシコオリンピックの年の1月9日。円谷幸吉は自衛隊体育学校の宿舎で、頚動脈をカミソリで切って自殺した。円谷幸吉の遺書、全文である。
父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。
干し柿、もちも美味しゅうございました。
敏雄兄、姉上様、おすし美味しゅうございました。
勝美兄、姉上様、ブドウ酒、リンゴ美味しゅうございました。
巌兄、姉上様、しそめし、南ばんづけ美味しゅうございました。
喜久造兄、姉上様、ブドウ酒、養命酒美味しゅうございました。
又、いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄、姉上様、往復車に便乗させて戴き、ありがとうございました。モンゴいか美味しゅうございました。
正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄兄、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敏久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕子ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になって下さい。
父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切って走れません。
何卒お許し下さい。
気が休まる事もなく、御苦労、御心配をお掛け致し、申し訳ありません。
幸吉は父、母上様の側で暮らしとうございました。
藤井青銅『「超」日本史』扶桑社文庫1996年
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