南京虫の攻撃
一番閉口したのは南京虫だった。無数にいた。見ただけで、退治する気力がなくなるほどの数だった。
外に少しでも露出している皮膚は全部南京虫の攻撃を受けた。はじめは南京虫に刺されると、刺された所がかぶれてふくらんだりしたが、そのうち皮膚のほうでも慣れてきたのだろう。別にどうという反応も示さないようになった。
作業から帰ってきて、疲れきった身体を寝床に横たえると、もう投げだした腕を胸の上に持ちあげる気力さえない。
目をつぶると、たちまち南京虫がはいよってくるのがわかる。
「アー今、ほっぺたの上を南京虫がはってやがるな」
そうわかっても、それをふりはらう力がないのだった。
「刺した。ア、また刺した。チキショー、手のほうを刺してやがる」
そんなことをぼんやり感じながら、いつのまにか寝入っていた。
あの寒さ、あの疲労、あの絶望。これだけはいくらことばを積み重ねても、体験しない人には決してわかってもらえないだろう。
立花隆『シベリア鎮魂歌―香月泰男の世界』文藝春秋2004年
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