江戸というのは、非常によく物を考えた人たちの集まり
笠谷 私、日本的リーダーの一つのモデルとして提案したいのが、先程挙げた徳川吉宗なんです。彼は足高制をはじめとして、生涯に二〇以上のプロジェクトを手がけるんですが、実務的作業はそれぞれの現場に任せ、上がってきたものを自分でチェックし、間違っていれば差し戻すというやり方をしています。上からあれこれ指図することは控えます。大変な勉強家であるうえ、独自の情報機関をもって、すべてを把握したうえで現場に任せるんですね。これだと、現場も思う存分にやれますから、やりがいがあるんです。
笠谷 この人の画像を見ると、耳がすごく大きいんです(笑)。実際に、人の意見をよく聞いたそうで、周りには優れた人材が、きら星のごとく集まりました。そこで、朱子学の室鳩巣に道徳論を説かせ、古文辞学派の荻生徂徠から経済や制度についての実際的な学問を学んだりしている。能力主義的な人材登用も大いに進めるけれども、他方では旧来からの秩序、権利関係も尊重する。改革・保守のどちら側からも異議の出ないやり方で、物事を進められる才覚をもっていたんですね。
養老 バランスのとれた人ですね。
笠谷 ええ。彼のプロジェクトの一つに、薬の国産化があるんです。日本中の本草学者や医者を巻き込んで、それまで高価だった朝鮮人参を日本で栽培できるようにしたり、全国から薬になりそうな植物を集めて薬園で育てたりする。吉宗は中国の本草学をマスターしていましたが、このプロジェクトの過程で、ベルギー人ドドネウスが書いた『草木誌』という薬草の本を、一〇年かけて翻訳させるんです。それが後に、前野良沢や杉田玄白の『解体新書』の翻訳につながっていく。蘭学はもちろん、日本の近代科学の発達と社会全体の近代化に、非常に大きな役割を果たした人だと思います。
養老孟司(解剖学者)×笠谷和比古(国際日本文化研究センター教授)/江戸時代にできた「年功序列」は日本型能力主義なんです 対論ニッポンを解剖する『Fole』みずほ総合研究所2004.9
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