« 身体を痛めやすい金属ヘッドのドライバー | トップページ | 外的偶然を内的必然に観ずる »

2004.09.03

教育の第一は品性を建つるにあり

 今から百年と少し前の明治31(1898)年にアメリカで、ひとりの日本人が日本と日本人を世界に紹介しようと英文を綴っていた。新渡戸稲造である。その成果は後に日本語にも訳される『武士道』という名で知られることになる。これに先立つ四年前には、京都で内村鑑三が"Japan and Japanese"と題するエッセイを書き進めていた。こちらは今日、『代表的日本人』という邦訳名になっている。これらが逆輸入のように翻訳書として私たちの前にあることは偶然ではない。その後の一世紀の間に変貌した日本人は、ふたりの理想とした日本人像からはまったく異邦人のようになってしまっていると言ってもいいからだ。しかしそれだからこそ、優れた日本論である彼らの書は、今もなお広く読まれる価値があるのだと思う。

 クラークがこの地にいたのはわずか八ヶ月である。鑑三と稲造が入学する半年ほど前に彼は札幌を離れ、故国への帰路についたから、彼らが直接会うことはなかった。しかしクラークが播いた種は確実にふたりや他の青少年の中で根付き、大きく成長した。私は改めて教育の重要性を思った。クラークが札幌で教えたものは、もちろん知識や技術もあったが、なにより人間としてのバックボーンであったろう。それはキリスト教を基盤にしたものだったが、鑑三や稲造らの中に武士の魂がなお息づいていたからこそ、クラークの教育はよりよく生かされる結果になったのに違いない。
 稲造は『武士道」の中で書いている。「武士の教育において守るべき第一の点は品性を建つるにあり」、「教育の主目的は・・・・・・品性の確立にあった」と。一方、鑑三はその『代表的日本人』で中江藤樹を紹介し、彼が「徳」を修めることを最も重視し、それは素朴な村人たちの間にも浸透していたと述べている。品性といい徳といい、今の日本の教育にもっとも欠けているものではないか。私はなにも武士道の復活を提唱しようというのではないし、学校で教条的な道徳教育をすべきだなどというのでもない。明治の当時にあってすら、稲造は、武士道は「その名誉ある葬送の準備をなすべき時である」と言い、鑑三も武士道を美しくあるが「活動することなき死火山である」と言っている。しかしなお、現代において武士道のなかに汲み上げるべき徳目を見つけ出すことはいくらでもあるし、ふたりの思想のなかにそのことを感じるのは私だけではないだろう。

細川護煕「ことばを旅する」『週刊文春2004.9.9』

|

« 身体を痛めやすい金属ヘッドのドライバー | トップページ | 外的偶然を内的必然に観ずる »

教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26560/1347154

この記事へのトラックバック一覧です: 教育の第一は品性を建つるにあり:

« 身体を痛めやすい金属ヘッドのドライバー | トップページ | 外的偶然を内的必然に観ずる »