彼女にとっての鳥の声
ちょうど人間の記憶装置が作動し出すころ、彼女は光を失った。装置は正常に動いていても、目で見て記憶するということができなくなってしまったのだ。だから彼女は景色を見ることができず、記憶もしていない。色はおぼろ気ながら何色か記憶の片隅にあるという。手で触れることのできるものは、ある程度認識できても、触ることのできない空間の彼方にある風景は、記憶がない以上想像だにできない。
だが彼女は、鳥の声で景色を見ることができるようになるのである。庭に来るスズメの声で一日の時間帯が判るようになり、やがて、「もう一つスズメが教えてくれたのは、景色である。六、七年前に探鳥を始めてから、私はスズメがよくとまる電線や屋根の高さを覚え、スズメの声を聞きながら町並みの見当をつけられるようになった」
というのだ。さらに彼女は、
「鳥声を聞き分けるうちに、私はそれらの声が立体的に伝えてくれる景色を把握し、その山の自然度をも理解するようになった。そしていつしか、鳥を聞く要領で植物のたてる音にも耳をさそばだて始めた。すると、笹原のうなりや芦原のざわめきが聞こえ、そこから湿原の広さを実感できるように」
なるのである。遠く近く鳴き交わす鳥たちの声で、森の深さやその上に広がる空を見ることができ、さらに葉ずれの音や風が運ぶ匂いによって、樹相までも判るようになるのだ。
そうしたことを彼女は、気負わず、衒わず、屈託のない明るさで綴るのである。おそらく、ここに至るまでには、大変な努力と苦労があったに違いないが、本書には惨めさや暗さといったものがない。それは多分に作者のキャラクターによるものであろうが、文章表現者としての才能でもあろう。
それにしても、本書を読んで思ったことは、僕たちはいかに目に頼って生きているかということである。五官を持ちながら、音も匂いも触覚も、味覚さえも目で見て想像していることが多い。もはやとは思うものの最近僕は、意識して自然音に耳を澄まし、嗅覚や皮膚感覚を大事にするようになった。自然のなかで目を閉じて耳を澄ますと、これまで見ることのできなかったものが、見えてくる。
□彼女:三宮麻由子『鳥が教えてくれた空』集英社文庫より引用
高橋千剱破(文芸評論家)自然を意識することで見えてくるもの『青春と読書』集英社2004.9
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