太宰の自殺回数
坂口安吾は「文士は芸人であり、職人であり、芸道は元来非常識である」としたうえで「泥酔して、何か怪しからぬことをやり、翌日目がさめて、ヤヤ、失敗、と赤面、冷汗を流すのは我々いつものことであるが、自殺といふ奴は、こればかりは、翌日目がさめないから始末が悪い」(『太宰治情死考』)と書いた。太宰の自殺は、自殺というより小説という道を進む者の身もだえであるから、それなら静に休ませてやるがいい、と安吾は言ったのである。
太宰の自殺は六回ある。①二十歳のとき、学業不振を苦にしたカルチモン自殺未遂。②二十一歳のとき鎌倉海岸でカフェー・ホステスとカルチモン心中(女性だけ死亡)。③二十五歳のとき都新聞社入社試験不合格で鎌倉山で縊死未遂。④二十七歳のとき内妻初代と水上温泉で心中未遂。⑤三十八歳、睡眠薬の飲みすぎ。⑥三十九歳、山崎富栄と玉川上水で心中。自殺願望は六回目にしてはたされるが、こういった自己破壊衝動をささえるのは屈強な肉体である。健康体でなければ六回も自殺はできない。よく飲みよく食ったからこそ五回もの自殺未遂ができた。死んでみせるのもまた体力である。あれほどすべての面で太宰に対抗心を持った三島が、唯一太宰を超えられなかったことは、三島が三十九歳で自殺できなかったことである。
嵐山光三郎『文人悪食』新潮文庫
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