ライアル・ワトソン
ライアル・ワトソンは私が今もっとも会いたい学者の一人だ。モザンビーク生まれで南アフリカに暮らしたが、人種差別に反対する行動として英国に移住し、想像しうるかぎりの分野において博士号を獲得、現在は生命科学者、という肩書きで活動している。その発想は常にフィールドワークに裏打ちされている。彼がつぎのようなことを語っている。
「マダガスカルの市場に行くと多くの薬草が売られており、小さな村でもハーブから作った薬が売られています。薬草のことをよく知っている人たちもいます。どうしてそんなに薬草に詳しいのか、と尋ねると、彼らは植物が教えてくれると言うのです。たとえばお腹の具合が悪い子どもがいると、彼らは森に行って、その子を健康にしたいと言うのです。すると通りがかりに出会った木が『私の花を摘みなさい』と教えてくれるといいます。その花を子どもに与えると、病気は治ってしまいます。これは科学的には説明できない、まるで魔法のようなことですが、実際に効くのを私は見てきました。さまざまな人がそうした経験をし、効果を直感的に知るのです。こうした[知ること]は、本能的なものであって科学的な説明はできません。しかし、研究者たちのほとんどは、薬草の働きについてテクノロジーを研究するように知ろうとします。だから彼らは、結局正しい理解を得られないのです」(『ソトコト』2002年5月号)(中略)
前出のライアル・ワトソンは白洲正子との対話で、ゴッドを神と翻訳したときに日本の宗教観は誤った、と語っている。神はカミであり、ゴッドと同義ではない。医療現場で伝えられる無数の悲喜こもごもの数値、診断もからだからの、カミからのサイン、と受けとめるようになった。
カミとは私のからだ=魂に宿っているなにものか、である。
その声に気づくようになりたい。サインを感じるように、なりたい。
森の樹々の声を訊けるように、なりたい。宙の意思を感じるように、その声を聴けるようになりたい。
柳原和子「残照 がん再発日記」/『中央公論2004.8月号』
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