キリスト教の女性蔑視の時代
聖職者や修道士に欲望をもたぬように説いたクリュニー会修道院長オド(八七八/七九-九四二)は、たたみかけるように女性の肉体を、腐敗を内に秘めたものとして貶める。さらに女性蔑視の伝統の源のひとつであった、四世紀のギリシア教父ヨアンネス・クリュソストモスの言葉までさかのぼる。
肉体の美しさはただその皮膚にあるのみだ。[・・・]内部を眺めることができたなら、誰もが女性を見て吐き気をもよおすようになるだろう。彼女たちの愛くるしさも実は、粘液と血液、水分と胆汁からできているのだ。いったい考えてみよ。鼻の穴の中には何があるか、喉の奥に何があるか、腹の中に何が隠されているのか。そこにあるのは汚物のみ。しからば、鼻汁にも、汚糞にもけっして指一本触れようとしない我々が、排泄物の入れもの自体を抱きたいなどどうして考え得るだろうか。・・・クリュニーのオド『道徳論集』
[・・・]今日生きるものは、明日、墓の中にあり[・・・]、今日、芳香で満たされしものは、明日、悪臭を放つ[・・・]、しからば、顔の美しさはいずこに。すでに黒ずみ穢れているではないか。美しき魅惑的な瞳はいずこに。もはや膿み爛れているではないか。髪の飾りはいずこに。すでに転げ落ちているではないか。細きうなじはいずこに。もはや萎びているではないか。[・・・]そしてついには、人のまったき優美はいずこに。ごらんのように砂塵に帰す。・・・ヨアンネス・クリュソストモス『祈祷集』
小池寿子『描かれた身体』青土社2002年
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