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2004.08.01

戦争論

『戦争論』―原題"Vom Kriege(戦争について)"―は、「戦争とは何か」と題した第一章をもって、次のような興味深い文章ではじまっていた。

―戦争というテーマについて、まず最初に、戦争が持っているひとつずつの要素について考えてみよう。次いで、戦争をさまざまの角度から分析し、最後にこれらのすべての関係をまとめて考えてみたい。すなわち、単純なものから複雑なものへと、思考を進めるのである。だが、いかなる単純な要素といえども、全体の結びつきを抜きにして論ずることはできない。そこで、戦争の全体的性格を定義するところから始めたい。
 政治評論家のように難解な戦争の定義は、無用である。戦争の本質は、戦争そのものが持つ決闘という性格を離れて論じてはならない。戦争は、決闘以外の何ものでもない。巨大なスケールの決闘である。戦争が無数の決闘から成り立っていると考えれば、われわれ自身を二人のレスラーに見立てると分かりやすい。両者は、肉体的な力を用いて、互いに相手を自分の意志のままに従わせようと闘う。相手を投げとばし、それ以上相手が抵抗できないように力を尽くすものである。
 すなわち戦争とは、われわれの意志に従うことを敵に強要する暴力行為である。

 戦争をこのように暴力と定義するところから、クラウゼヴィッツの明晰な理論が展開する。彼が言う冷酷な戦争は、多くの政治家や軍人が戦争の口実として掲げる"聖なる戦い"ではない。

広瀬隆『クラウゼヴィッツの暗号文』新潮社1984年

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