「最後の晩餐」に描かれる女性
「待ってよ」ソフィーは言った。「聖杯は女性なんでしょ? <最後の晩餐>に描かれているのは、十三人の男性よ」
「ほんとかね?」ティーピングは眉をあげた。「よく見るといい」
ソフィーは半信半疑で絵に歩み寄り、十三人の姿をながめた。中央にイエス・キリスト、その左側に六人の弟子、右側にも六人の弟子。「みんな男よ」ソフィーは断言した。
「おやおや。主の右の誉れある席に座している人物はどうかね」
ソフィーは、イエスから見てすぐ右側の人物に目を凝らした。顔立ちや体つきを観察するにつれ、驚愕がこみあげてきた。赤い髪がゆるやかに垂れ、組んだ指は華奢で、胸がかすかにふくらんでいる。この人物は疑いもなく・・・・・・女性だ。
「この人、女よ!」ソフィーは叫んだ。
ティーピングは笑った。「驚いたかね。もちろん、作者がしくじったわけではない。レオナルドは男女の描き分けに長けていた」
ソフィーはキリストの横の女性から目を離せなかった。<最後の晩餐>は十三人の男の絵のはずだ。この女性はだれだろう。何度も目にした名画なのに、この異常きわまりない特徴には一度も気づかなかった。
「だれもが見過ごすことだ」ティーピングは言った。「この場面についてわれわれは強烈な先入観を持っているから、脳が矛盾を見て見ぬふりをして、あるがままを受け入れようとしない」
「"盲点"だな」ラングドンが言い添えた。「強い思いこみが存在するとき、脳がこの反応をすることがある」
「ここに女性がいるのを見逃す理由をもうひとつあげられる」ティーピングは言った。「美術書に載っているこの絵の写真の多くは一九五四年以前に撮られたもので、そのころはまだ、汚れの層や、十八世紀に数度施されたつたない修復の下に、細部が隠れていた。最近になってよけいなものが落とされ、ダ・ヴィンチがみずからの手によるフレスコ画が現れた」ティーピングは手で写真を示した。
「あれだ!」
ソフィーはさらに絵へ近づいた。イエスの横の女性は若々しく、美しい赤髪を持ち、物静かな顔に信心深い表情を浮かべ、手を軽く組んでいる。これが、ひとりで教会の基盤を揺るがしかねない女性だって?
「この人はだれなの?」ソフィーは尋ねた。
ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード下』角川書店2004年
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