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2004.07.14

拝んで眺めた街頭テレビ

それにしても、あの街頭テレビのおごそかな佇まいはすごかった。テレビもありがたいしプロレスもありがたい中学生の私にとって、街頭テレビの扉を開きに来るオジサンもありがたい人だった。私は、押され押されたあげく理想の位置へ行くように、微妙な列び方をしてオジサンを待った。はじめから前に列ぶと、押されて脇へそれ街頭テレビの開いた扉が邪魔になってよく見えない。すでに街頭テレビ見物のプロみたいになっていた私は、人群れの中での見物方法を会得していたのだった。

 ある金曜日、力道山対プリモ・カルネラの一戦を街頭テレビで見た私は、"動くアルプス"と異名をとり、当時『文なし横丁の人々』という映画にも出演したプリモ・カルネラに、力道山が意外な苦戦を強いられた試合ぶりに興奮して家へ帰った。家へ帰っても、まださっきの試合のシーンが、カット・バックのように頭によみがえっていた。
 そして、風呂に入って身体を沈めようとすると、パンツをはいていることに気づいた。興奮のあまり、脱ぐのを忘れたのだった。パンツを脱いで沈もうとして、下着のシャツを着ていることに気づいた。興奮の余韻もそこまでいくとすごいのだが、下着のシャツを脱いで少し冷静になった私は、腕時計を外さなきゃ・・・・・・と左手首へ手をやると、そこに腕時計がなかった。つまり、興奮して街頭テレビを見ているあいだに、手首から腕時計を盗られてしまったのだった。当時、腕時計を手品師みたいに見事に盗る泥棒が噂になっていたが、腕時計を盗るというのもいまとなってはレトロっぽい犯罪となってしまった。
村松友視『食べる屁理屈』廣済堂出版1998年

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