簡単な算術だの
老人は短く、静かにつぶやいた。
「一九四五年にじゃ、ホー・チ・ミンは日本軍敗北の直後にじゃ。独立を宣言して臨時政府を樹立した。バオダイ帝は一市民となり、顧問となってこの政府に参加したのじゃ。これを二つに分割することとなったのはフランスじゃ。簡単な算術だよ。フランスを引いてみるがいい。第一次インドシナ戦争はない。ディエン・ビエン・フーもない。ジュネーヴ協定もないのじゃ。つぎにアメリカじゃ。フランスのあとをついだアメリカじゃ。アメリカを引いてみるがええ。南の政府も、いまの戦争もないのじゃ。簡単な算術だの」
開高健『輝ける闇』新潮文庫
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