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2004.07.01

BMI(体格指数)の誕生

十九世紀になると「統計医学」という概念が生まれ、健康と病の研究を量的な面からも分析しようという動きが生まれた。それ以前の医学生は、見て、聞いて、においをかいで病気を解釈するよう訓練されていた。臨床の判断は五感の解釈によって決定され、病気とその治療法を系統だてて理解する必要はなかった。ところが一八〇〇年代初頭、フランスの医師たちが人気のある各種治療法を試験しようとしたところ、とにかく研究材料の数が足りないことがわかった。
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 この運動の先頭に立ったのが、アドルフ・ケトレーだった。ケトレーはベルギーの劇作家、詩人、天文学者、数学者であり、現在では社会統計学の祖と考えられている。ケトレーは自由意思説に疑問を投げかけ、「人類は統計学的平均値のいけにえにすぎない」と主張した。ある人間が美徳の人生を送るのか、犯罪の人生を送るのかは、あらかじめ運命づけられているというケトレーの不快な考え方は、優生学などの嘆かわしい概念への道を切りひらいたが、同時にここから有益な見解も生まれ、疾患をもっと広く理解できるようになった。ケトレーは平均人」という概念を広めて有名になった。平均人の値を計算しようと、ケトレーは五七三八人のスコットランド兵士の胸囲を測り、フランスの一〇万人の徴集兵の身長を測り、数値を正規曲線に書き入れた。ここからケトレーは、少なくとも二〇〇〇人のフランス人男性が自分の身長について虚偽の申告をしながら、徴兵を逃れようという企てには成功していないという、思いがけない発見をした。また「平均的な成人の体重は身長の二乗に比例する」というケトレーの考察は、現代の社会でも役立っている。
 十九世紀初頭、内科医ジョン・フォーブズは「どの位の肥満であれば重症肥満にあてはまると、明確に定義することの不可能さ」について記した。だがケトレーの指標がこの問題を解決した。ただ「恰幅がいい状態」と「ほんとうに太っている状態」のあいだに線引きをする、すっきりとした式を生んだのである。ケトレー指数は、脂肪過多の測定をするうえで最初の統計学的な尺度となった。一世紀後、この尺度が現在の基準、つまりBMI(体格指数)となったのである。
エレン・ラペル・シェル『太りゆく人類』早川書房2003年

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