4日目の謎
「四日目は、卵が弱りますよ・・・・・・」瞬間、ハッとした。なんたることか。
先生、まだ駆け出しだナと、そこでチラッと目が動く。
「なアに、大丈夫ですよ。すぐまた元気になりますよ」動物商はそういって、かえっていったのである。
予想は外れていなかった。それは四日目の夕刻から始まり、翌日の昼過ぎにはもう終わっていた。しかも、なんと僅か二四時間足らずではないか。脾は、オオサンショウウオと同じように、胃の幽門部の屋根から例の静脈を、ここでは"素早く"生み落として、そこから大きく離れていった。問題の一〇〇時間の浜辺は、ただただ圧巻というよりない。いままさに胃の壁から離れようとする直前の光景が、そこで繰りひろげられていたのである。
ノルマンディーの上陸作戦・・・・・・。"上陸"だったのだ。ここでニワトリは上陸の夢を見ていたのだ。あの息も絶え絶えの姿は、その上陸の夢を、なんとわが身を張って再現して見せていたのだ。頭のなかには巨大な竜巻が起こり、終日うなりつづけていた。それは、わたくしの研究上の人生で初めて経験する一つの感動だった。この興奮が鎮まるまでに、それからおよそ一か月近い日時が必要だったのではないかといま思う。
お茶ノ水の高台に、当時の解剖学教室があったが、その廊下を、わたくしは毎日、夢遊病者のように行ったり来たりしながら、ニワトリは四日目から五日目の二四時間で上陸する・・・・・・と、たれかれとなく部屋に引き入れては顕微鏡をのぞかせていた。そんな一日、古生物学者の井尻正二さんが連れ込まれる。顕微鏡の奥に柔和な光をただよわせながら、一目見るなり、こういわれる。
「この極致の世界に億の歳月がこもっているのが見事ですね。このコントラストがいい・・・・・・」
そこには、地球の過去に向かって、ひたすら大地を掘り下げつづけたきたもののもつ、溢れるような実感のまなざしがあった。
古生物学の世界が何かやむにやまれぬ現実となって、急速にわたくしのなかにひろがりはじめていた。この二四時間の意味するものが、頭のなかを駆けめぐっていた。それは、すでに述べた古生代の終わりの一億年をかけた脊椎動物の上陸のドラマの、まさにひとつのまぼろしにほかならなかった。わたくしは、この「まぼろし」ということばのなかに何か底知れぬ世界を感じていた。
三木成夫『胎児の世界』中公新書1983年
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