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2004.06.14

スペインの小さな村

少し前の『ライフ』を読んでいたらカルトハル(だと思う、正確にはCaltojar)というスペインの小さな村の写真が載っていた。この村はマドリッドの北西約百六十キロにあり、人口は二百七人、電話は村じゅうに一本しかない。人々は豆を作ったり、羊を飼ったりしている。すごく平凡な村である。

 どうしてこのような平凡な村が『ライフ』にとりあげられたかというと、この村の壁という壁には村の人々の手によってピカソの名画がぎっしり描かれているからである。青の時代から「ゲルニカ」に至るピカソの名作が網羅されているわけだが、これがまたびっくりするくらい上手い。べつに専門家が指導したり、絵画教室があったりするわけではなく、ピカソ生誕百年記念にあたって村の誰かが「やってみようか」と言いだして、みんなが「うん、やろう」と賛成しただけの話である。原画といっても雑誌の切り抜きか絵はがきくらいである。それをスライド写真にして投射機で壁に映してチョークで輪郭をとり、明るい時間にみんなで色を塗る。
 村の住人のほとんどは老人と子供である。村の隅々では小学生が集まって、「ピカソ・ブルーはどうすれば作り出せるか?」なんて話をしている。もうみんな夢中になっているもんだから、日曜になっても誰も教会になんかいかない。司祭だけが一人で腹を立てている・・・・・・といったような話である。
 『ライフ』のこの記事の写真を見てつくづく思ったのだが、スペインの村のひからびた白壁にはピカソの絵が実によく似合う。同じ白壁に描いた絵でも渋谷のパルコとはずいぶん違う(大きな声では言えないけど、あれは見てるだけで疲れる)。カルトハル村のピカソは村の風景や人々の日常的な営みにしっくりと自然に溶けこんでいるのである。「三人の音楽家」の壁画の前を二人の黒服のオバサンが頭に豚の臓物を入れたバケツをのせて歩いている。もちろん写真の構図にもよるのだろうけれど、太陽の光や建物の影や街路樹の色なんかでも全部ピカソの配色と調和している。風土というのは実に巨大である。
 もうひとつすごいのは村じゅうの人がひとつのことに熱中できるという事実である。こんなこと今の日本ではちょっと考えられない。みんながそれぞれにピカソの絵をひとつまかせられて、もう夢中になってそれにとりくんでいる。うらやましいといえば、うらやましい話だ。
 カルトハル村はこのピカソの壁画のおかげですっかり有名になったわけだが、村の老人たちはそれについては少なからずうんざりしている。「週末になるとよそから人が絵を見にくるんだよ。毎日四台くらい車が来てさ、危なくってしようがないね」ということである。こういう村に住んでみたいですね。
村上春樹『'THE SCRAP'懐かしの一九八〇年代』文藝春秋1987年

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