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2004.06.03

文学者の死・・・森鴎外

文学者は「死」とどう向き合ったのか。例えば、森鴎外(1862~1922)は平凡といえばおかしいけど、家族に看取られながら死にました。ただ、鴎外の遺書みたいなものを見ると、「石見に国の住人、森林太郎」とだけ墓石に刻んでくれればいい、他の位階勲章等はいっさい書いてもらっては困る、その旨言い残しています。

 まあ、その通りになっていますけど、その遺書から判断すれば、「現世で自分が生きたことは全部否定する」というふうに言っているわけですね。つまり、陸軍軍医総監まで上りつめた肩書であるとか、文豪の森鴎外であるとか、そういう称号はいっさいいらない。要するに、死に際して生を全部否定したということになる。その通りに受け取れば、生涯を生きてきたことは無であり、自分の生き方を全部否定したことになるのではないか。あるいは否定することで、初めて自分の死を迎えられる。そう考えたのではないでしょうか。
 そうする、鴎外が考えた「死」はいろんな言い方ができると思いますが、自分の生きてきた「生涯イコール(=)死」で、余りもなければ過不足もないということになる。死しかないとなると、初めから生きていないということになるんだけど、そうではなくて、ずっと生きてきて、しかも高位高官でもって生きてきて、才能を文学で発揮してきたんだけど、死に際してはイコールだった。死でもってそれは全部帳消しだ、というふうに考えたのではないでしょうか。
 つまり、半分は自分の意思で生涯を送るんだけど、元をただせば自分が生んでくれといって生を受けたわけではない。半分は自分の意思ではない、と鴎外は言っているわけです。普通はどう考えるかというと、半分だけは生んでもらって自分の意思で生きてきたんだけど、あとの半分は偶然生まれたかもしれないが、そういうことも自分の死の中に含ませることによって、かろうじて死とイコールになる。
 しかし、鴎外の場合は生んでくれたのは親だ。自分の生涯というのも本意じゃない、あるいは本意ではないことばかりしてきた。だから、自分自身で生きてきたことも否定するし、もちろん親が生んでくれたことも考慮していない。親が生んでくれた事実と、自分が生きてきた事実のうち、自分が生きた部分だけは帳消しにしてもらっていい。それが鴎外の死に対する迎え方だと思います。そうすると親が名づけてくれた名前だけ残るから、墓石に刻んでくれといったんでしょうね。
吉本隆明『老いの流儀』NHK出版2002年

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江戸末期から明治にかけての頃はまだ脚気についての科学的な基礎知識の積み上げもなく [続きを読む]

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