B・C・Gの略は?
次の作戦の時には結核を治してやろうと思ってB・C・Gをたっぷり持っていった。南の日光にまどわされて気がつきにくいのだが、ここでは結核がひどいはびこりようなのである。五人か一〇人に一人はきっと結核患者である。
そこで村について注射器をとりだし、これから胸の病気を治してあげるから並びなさいというと、村民がいっせいに逃げてしまった。ヴェトナム人の通訳に理由をたずねてみると、こうだった。彼らは生まれてからまだ一度も注射器を見たことがない。つぎに、米も税金もとらずにタダで体を治してくれる医者は魔法使いであるまいかと彼らはいう。またアメリカ人は火の雨を降らし、ジャングルを枯らしてしまうのだから、アメリカ人から薬をもらったら死んでしまう。アメリカ人は薬でヴェトナム人を根絶しようとしてるのではないか。通訳は村民がそういって逃げたという。軍医は必死になってこれは胸の病気を治す薬であって毒ではないのだといってくれと通訳にたのむ。通訳は首をふって、いやそれもダメだ、もう誰かが村民に教え、B・C・Gとは"子供を生ませない政府"という意味の略語なのだと教えていったから、みんなはてっきりそう思い込んでいる、といった。どうしようもなくて軍医は薬をしまって砦へ引き揚げた。
「B・C・Gとは"バース・コントロール・ガヴァメント"の略だ。誰かが農民にそう教えたと、通訳がいうのです」
私がふきだして葉巻の灰をアイス・ティーに散らすありさまをパーシー軍医は満足げに眼を細めて眺めていた。そして静かに私の肩をたたき、パイプにしなさい、肺がんになりますよといった。
開高健『輝ける闇』新潮文庫
| 固定リンク
「心/心理」カテゴリの記事
- 知性や意志には感情を納得させることができな(2012.05.03)
- 数学には感情が必要(2012.05.02)
- 社会的打撃(2012.04.30)
- 迎合的嘘(2012.03.21)
- 卑しく下品なことへの反応(2012.02.14)













コメント