フランスの自由 日本の自由
一般的にいえば、日本のほうが生活は豊かだし、給料も高いし、食べ物もおいしいという。そうかんがえればフランスなんていいところはどこにもないというわけです。
それならどうしてフランス人の嫁さんになったんですかと訊くと、こういう答が返ってきました。国際性というか、国家と国家のあいだの関係、個人と個人の関係でいうと、フランスと日本では「自由さ」がまるでちがうというのです。日本で自由さというと、外国人と話すとき分け隔てをしないとか、差別意識をもたないとか、そういうことになります。それが日本では国際性ということになっている。ところがフランスはそうじゃない、というのです。フランスでは、こっちが東洋人で向こうが何々人でという意識、あるいは差別はいけないんだという意識、そういう意識すらないというわけです。いいかえれば、分け隔てしないということすら意識しないというんです。無窮の自由さというか、そうした自由さがフランスにはあるというわけです。それを聞いてぼくはちょっと、あっとおもいました。
その人は、フランスにはそこしか取り得がないといっていました。でもそういう次元での自由さというのは、個人を無限大に拡大していって何の制約もない自由さに身を侵すこととおなじ感覚で、その自由さがすばらしいという。おれとおまえはちがう人種だけど分け隔てをしないし、差別もしないよというのはまったく次元がちがう自由さだというのです。そういうことが意識にすらのぼらない、そんな自由さなんですといっていました。
フランスのあらゆるだめな点を数え上げても、その自由さはそれ以上の貴重さというか重さをもっていて譬えようがない。ああ、人間というのはこういうふうに生きればいいのかという、そうおもわせるような自由さ、フランスはそこだけが取り得で、あとはいいところなんて何もないですといっていました。
その徹底した自由さ以外は絶対に日本のほうがいい。だからフランス人でも日本にきたがる人が多いそうです。日本は給料も高いし、待遇もいいから、日本に来たがる人は多いのだといいます。だけどそういう人にろくな人はいない、ちゃんとしたフランス人は日本にはきたがりませんと、クギを差すことも忘れてはいませんでした。
吉本隆明『「ならずもの国家」異論』P114-115
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コメント
私は「他に何もいいところは無い」とまではいいきれませんが、やはりフランスでの「自由」の認識は日本とはまったく違うことはしばしば感じます。
投稿: ふらんす | 2004.05.03 20:38