作家と心臓
この小さな挿話は、ヤヌホという人の書いた『カフカとの対話』という本に出ていて、ヤヌホは成人してから流行歌の作曲者か何かになったが少年時代には詩を書いていて、役所に勤めているカフカのところへ文学の話を聞きにしじゅう通ったそうです。
ある少年が、ある青年の作家にむかってなにげなく、
「・・・・・・ところで、つぎはどんな作品をお書きになるのですか?」
とたずねた。
作家はしばらく考えてから、冷静な困惑の表情で、
「わからない」
といった。
「それは誰にもわからないことだよ」
「どうしてですか?」
「だって、きみ」
作家は目をあげてたずねた。
「だって、きみ。きみは自分の心臓がつぎの瞬間にどんな鼓動をうつか、答えられますか。ものを書く人間もそうですよ。つぎに自分がどんな作品を書くことになるかは他人にも自分にもわからないことですよ」
開高健 十四私の初めて読んだ文学作品と影響を受けた作家/『衣食足りて文学は忘れられた!?』中公文庫1991年刊
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