二十世紀のモーツァルト
このようにして時はめぐり、人は生まれ、人は死ぬ。あの時代にこのような天才がいたことを多くの人々に知ってほしかった。渡辺茂夫さんは敗戦後の日本の宿命を負ってアメリカに渡り、若くして幕を閉じた。彼はある時代の日本そのものだった。胸に迫るのはそのことだ。
ナタ―シャは急に厳しい表情になった。
「一つ質問があります。この記事はどこに書くんですか。あなたの記事が安っぽいタブロイド版の新聞に載ってスーパーマーケットで売られるんじゃないでしょうね。いい本にしてくれるようにお願いしたいの」
日本最大の出版社からハードカバーで刊行する予定であることを私は説明した。
「それはよかった。なぜって、茂夫は二十世紀のモーツァルトだったからです」
急にあたりの風景がぼやけた。
ナタ―シャは無言でティッシュペーパーを取り出し、私の前に置いた。
渡辺茂夫をここまで追ってきたのは無駄ではなかった。私につきまとっていた不安、彼はつくられた天才少年ではなかったか、という微かな不安があとかたもなく消えていった瞬間だった。私は自らの批評を持たない非才を恥じた。 「茂夫は素晴らしい音楽家だったわ。練習の集中力も素晴らしかった。みんなが百ドル出して教師に付き、何週間も練習しなければならないところを茂夫はニ、三分でマスターしてしまった。大変な才能です。そのくせ悪戯好きで愉快な子だった。モーツァルトも悪戯っ子だったわね。私は一人娘だし、彼も一人っ子だった。二人は似ていたのかもしれない。私は我がままだったから何度もヴィオラをやめると駄々をこねて親を困らせたわ。十三歳のとき、レッスンが辛くてヴィオラをへし折ってしまった。質屋で五ドルで買った安っぽい楽器だから惜しくなかったわ。ティーンエージャーが親に反抗し、祖国が嫌いになるときがあるなんて当たり前じゃないの。十五、六歳なんて自分がどこにどう所属しているかわからない年齢でしょ」
山本茂『神童』文藝春秋P258-259
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