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2004.05.03

トントンギコギコ図工の時間#2

その後は世界にも自分の人生にも、重苦しい暗雲が立ちこめてやりきれない日々が続きました。

 そうしてある日『こどもの時間』を観た方からいただいた沢山のアンケートやお手紙を読み返しているときのこと。それぞれの共感や意見を記した心ある文章の行間に、わたしが読みとったのは、子どもたちの暮らしをとりまく不安や危機感でした。その強烈な思いがわたしの背中をぐいっと押しました。しゃがみこんでうなだれている場面はこれでおしまい。自分にとっても、子どもたちにとっても希望となる何かをまた探そう。自分の背中に背負えるほどの幸福を、映像として記録しよう。次の山登りをはじめたのです。(中略)
 誰でもそうなのかもしれませんが、子どもの頃のわたしは、今よりもっと自分のまわりのモノたちの鼓動や気配に敏感で、それがたとえ水とか石とか言葉を持たないものとも心を通わせることが楽々できました。そういう能力みたいなものが弱まっていくのは、不幸だとはいわないけれど、つまらないなと思うのです。わたしがこうしてアナーキーなやり方でものをつくっているのは、その能力が消滅しませんようにと、心中真面目に願っている表れなのかもしれません。
野中真理子/制作日記みたいなもの『トントンギコギコ図工の時間』パンフレットから抜粋

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