押しちゃだめ
文字をいいかげんに読んだり、使ったりしてはいけません
その学問っていうのはどういう学問かというと、一つ一つを確かめていくという学問なんです。狩野先生の学問というのは、本を読むにしてもひとつひとつの文字を、その文字ができた当時になるべく近い時までさかのぼって、その読みと発音と意味をひとつひとつ確かめていくというようなものなんです。その学問のやり方は、今のような時代ではちょっと想像できないような世界ですよ。たとえば、現代の新聞の字なんていうのは、私が見ても、やはりでたらめなんですよ。なぜかっていいますとね、大きなビルディング、たとえば、なんとか銀行、なんとか株式会社っていうたいへん大きな会社が使っているようなドアのところにね、「押して入れ」というようなことが書いてある。「押」という字ですよ。「押」という字はね、「手へん」だから、手を示している。で、「甲」というのは手の甲を示しているんですよ、ここをね(と言って自分の手を示す)。だからこういうふうに押さえる。押さえている、という意味なんですよ。
中国ではこの字が書いてあると、この品物は押さえてあるという意味になる。だから日本の銀行や会社っていうのは差し押さえられているという意味になってしまう。つまり、文字を一つ一つ確かめて使わないためにそういうことになってしまっているんで、このドアをおして入れという時には、「推」と書いておけば「推進して入る」、「推して入る」という意味になるんです。そういうふうに書くべきだと思う。それを「手へん」にね、「甲」の字では、「差し押さえられている」という意味になる。だから銀行はもう全部差し押さえられてる(笑)。
細川護貞/お前は生死の関頭に何を思うか『独特老人』筑摩書房P297-298
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